二階幹事長の「産まない方が幸せは勝手」は正論。「産まない」を「産みたい」に変えるには男性の意識改革が必要。

二階幹事長の「産まない方が幸せは勝手」は正論。「産まない」を「産みたい」に変えるには男性の意識改革が必要。

自民党の二階俊博幹事長が、少子化対策に関連して「このごろ、子供を産まないほうが幸せに(生活を)送れるんじゃないかと、(一部の人は)勝手なことを自分で考えてね」と発言したとのこと。失言だとネットでは批判がありますが、二階幹事長が言っていることは正論です。もちろん、そのような考えない人がでないようにするのが政治ですが、全国民をコントロールするのは無理です。

「産まない」と「産めない」は違う

発言を批判している人は「産まない」と「産めない」をごちゃ混ぜにしている感じがします。また、野党の批判はわかっていながら、二階幹事長の発言が「産めない」も含まれているように誘導している気がします。「産まない」と「産めない」は全く違うものであり、一緒に考えてはいけません。分かりきっていることですが、二つを説明します。

子供を産まない

  • 子供が苦手
  • 仕事や趣味に生きがいを感じていてそれ以外は興味がない
  • 子育ては大変そう
  • 夫婦二人のみで暮らしたい

などの理由で子供を産まないという選択をしたこと。

子供を産めない

  • 妊娠しずらい体質
  • 経済的に苦しい
  • 不妊治療をする余裕がない

など子供は欲しいけれど、様々な理由で諦めざるえないこと。

「産まない」は自身のライフスタイルを大切にすること

「産まない」と「産めない」の大きな違いは子供がそもそも欲しいかどうか。「産まない」は子供がいるライフスタイルを考えられないのです。それはすなわち自身のライフスタイルを大切にすること。趣味や仕事を生きがいにする人が多いでしょう。そんな生き方もあります。

自分勝手と考える人がいるのも当たり前

自分は結婚6年目にして不妊治療をして子供を授かりました。「産めない」時期が長かったです。不妊治療中は子供がいる人を羨ましく思いましたし、幸せそうな家族を見ると、「どうして自分たちには…」と考えて落ち込むこともありました。

今は子供が嬉しいことに2人いて幸せです。しかし、育児が忙しく自分の時間はあまり取れません。ですから、独身で趣味を満喫したりして、自分の時間がたっぷりある人を「好き勝手できていいな」と素直に思ってしまいます。「産まない方が幸せは勝手」にしているように見えても仕方がないのです。

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「産まない」「産めない」「産みたい」

自分は「産まない」選択をした人は好き勝手できていいなと思いますが、その人が選んだライフスタイルですし、悪いことでは決してありません。二階幹事長は少子化は「産まない」選択をしている人が原因かのような発言に聞こえるから批判されているのでしょう。しかし、二階幹事長はそんなこと言ってません。また、ライフスタイルが多様化した今、子供を産まない選択をする人がいるのはしょうがないです。そして、二階幹事長のように考える人がいるのも自然なことです。

当たり前ですが、「産まない」「産めない」「産みたい」の人がいます。それぞれの考えがあって、羨ましく思ったり、妬ましく思ったり、人間の感情として普通だと思います。

「産まない」から「産みたい」へ変える社会

二階幹事長の発言に対して、「産みたい」社会へ変えるようにするのが政治だろうという意見もあり正論です。しかし、政治以上に大切なのは現在子育てしている人たちの男性の意識。日本は共働きで育児・家事分担が先進国では非常に悪いです。自分もまだまだ出来ていません。

男性の意識を変えて、育児・家事を積極的にするようになれば、女性が「産まない」から「産みたい」へ意識が変わります。子供を産む以前に、結婚してもいいかなと女性は思うようになります。「産まない」から「産みたい」へ社会を変えるには男性の意識を変えることが最も重要です。

どんな人も自身のライフスタイルも楽しめるように

男性が育児・家事分担ができれば女性にも時間ができて好きなことができるようになります。そうなれば、男性が好きなことをしても多少は目をつぶってくれるようになります。実際に周りをみても、育児・家事分担が出来ている夫婦は、趣味など思いっきり楽しんでいます。反対に育児・家事分担ができていないとお互いに不満ばかりで、楽しくなさそうです。

「産まない」「産めない」「産みたい」どんな人も自身のライフスタイルを楽しめるようになるのが一番です。特に子供を産んだら、お互いに助け合い、自身の趣味などを楽しむ夫婦が増えれば、それを見て「産みたい」と考える人が増えれば最高なのです。